自然と暮らしのよりよい関係を目指して。その願いと次代のニーズに応えた街

近代的なスポーツ施設と、都市型のレジャー・商業施設が集中する抜群の住環境に隣接して誕生した京が丘。周囲にはまだ手付かずのままの自然がたっぷりと残っています。ここに佇めば、誰もが木々の緑のあざやかさを、空の青さと広さを実感することができます。理想的なロケーションと環境を得てオール電化のモデルとなる街づくりを進めています。

イメージパース

京が丘概要  小高い丘の上にひらかれた総区画数1600区画の新しい街。全区画フラットな造成による陽光に恵まれた平坦な敷地。

なだらかな丘陵地をひらいた総面積約894,067.06m2の広大な敷地。街全体が傾斜のないフラットな造成ですから、全区画が建築に適した平坦な宅地です。

幹線道路は歩行の安全に配慮して。 うるおいのある住環境に質の高い住まいを。

入口からのびる幹線道路は、街をほぼ一周するメインストリートです。片側に広い歩道を設けた歩車分離の道路設計で、歩行者の安全にも十分に配慮しています。また、街の中心を東西南北に結ぶ長大な遊歩道は、歩いて楽しく、見て美しい通りとなっています。

街中には11ヶ所の公園。集会場も4ヵ所に。将来は福祉施設の開設も計画されています。

この街は、1600区画にもおよぶ大きな街になります。住む方が豊かな自然に恵まれた周囲の環境と共生しながら、なおかつ日常的にいつでも、自然の光や風と触れ合えるように、街中に11ヶ所の公園を設けています。各街区で共用できる4つの集会場は、自治会の各種集会をはじめ、住民の皆様の交流の場として多目的にご利用いただけます。将来は福祉施設の開設など、施設の充実が期待されます。

京が丘 歴史  京が尾遺跡に由来する街 京が丘

大分県には、旧石器、縄文、弥生各時代の遺跡が、広く分布し、古くから開けていたことがわかります。弥生時代後期には、大分市のある別府湾沿岸部は青銅器文化が発達していました。〈京が丘〉の北、大野川流域の松岡京ヶ尾遺跡からは、銅矛などの武器形青銅器が出土。この地域の諸勢力にとって、大野川河口周辺部や海岸部は、瀬戸内海や豊後内陸部へ向かう交通の要地であり、豊後の門戸ともいえるきわめて重要な地域であったことを物語っています。


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